SPOTWRITE > インターネット・コンピュータ > 障害、病気、さまざまな事情を抱え、それでも自分らしく生きるために。「Ledesone」Tenさんと大川弘晃さんの挑戦
2019.05.30

障害、病気、さまざまな事情を抱え、それでも自分らしく生きるために。「Ledesone」Tenさんと大川弘晃さんの挑戦

Ten

LD・ディスレクシア ・ADHD当事者。Ledesone代表

miho maki

仁徳天皇陵と百舌鳥古市古墳群がある、大阪府堺市在住のライター

もし、自分の大切な人が、突然難病に冒されてしまったら……。

「生きづらさの解消に挑みたい」と考え、会社員からフリーランスに転向した大川弘晃さん。そのきっかけは、自身の壮絶な体験でした。

そんな大川さんが、運営スタッフとして一から関わったイベントが、2019年4月6日から8日にかけて大阪で開催された、発達障害をテーマとしたハッカソンイベント「ハッタツソン」。ハッカソンは、プログラマー、デザイナー、プランナーなどが組織などの枠を超えて集まってチームになり、製品やサービスを作り上げるイベントです。

「ハッタツソン」の主催者であるTenさんは、「可能性をクリエイトする」「あらゆる社会の“障害”と戦う当事者の伴走者になる」というスローガンを掲げたイベントやプロジェクトを企画・運営する組織「Ledesone」(レデソン)を起業した21歳の大学生。そして学習障害、ディスレクシア(識字障害)・ADHDと向き合う、発達障害の当事者。以前に朝日新聞の取材を受けたこともあります。

「障害は武器だ」 発達障害の大学生、もがきながら前へ(2018年8月19日掲載)

二人はどのように出会い、何を想いながら、ひとつのイベントを作り上げていったのでしょうか? そして今後のビジョンについておうかがいしました。(聞き手:牧 美帆)

あたりまえの日常が突然、一変した日

――本日はよろしくお願いします。「ハッタツソン」イベントの最中にもかかわらず、お時間いただきありがとうございます! 

ハッタツソンの様子。Ledesone提供

Ten:よろしくお願いします! これまで何度か取材を受けたことはありますが、僕自身にフォーカスしていただいたことが多かったので、今回は、大川さんのことや、Ledesoneのことを中心に書いてもらえると嬉しいです。

――わかりました。大川さんは、なぜTenさんと共に活動しようと思われたんでしょうか? 障害者支援に関心を持たれたきっかけを教えてください。

大川:5年前に、妻が難病になったんです。

――そのお話、詳しくうかがってもいいでしょうか?

大川:はい。ある朝、妻の驚いた声に起こされたんです。「頭がクラクラする」と。「他に症状は?」と聞いたら、「手がしびれる」って言い出して。

すぐに救急車を呼びました。最初は蓄膿が目の神経に影響しているという診断で、数日入院することになったんですが、その日の夕方ぐらいからろれつが回らなくなりだして。なんかおかしいな、と。

そして翌日、病院から電話がかかってきて「奥様は『ギラン・バレー症候群』の疑いがあるので、大きな病院に転院します」と……。

――……ギランバレー症候群、聞いたことあるような……。

大川:病院に駆けつけたら、集中治療室に入っていて、口から人工呼吸器を入れられていて、ほぼ植物状態でした。もう手も足も瞼も、肺も自分で動かせなくなっていて。「これは夢であってほしい」と思いました。3週間、危険な状態が続きました。

半年後に回復期の病院に転院し、リハビリを続けて、1年後にやっと妻が自宅に帰れるようになりました。この時はまだ車椅子で、必死でバリアフリーの家を探して引っ越しをしました。僕は医師から「歩くのは難しい」と聞いていて……障害は残ってしまったんですけど、歩けるまで回復してくれて、奇跡だと思っています。

このことがきっかけで、障害者支援に興味を持ちました。

大川弘晃さん

大川:それまでは、「ものづくりで人の役に立つ」ということにやりがいを感じていましたし、満足していました。しかし、妻の闘病・リハビリのサポートや、当時1歳半の娘の父親兼母親としての生活を経験した結果、「便利なものをさらに便利にする仕事は他の誰かに任せて、自分は培った技術を生きづらさを抱えている人のために使いたい」という想いがどんどん膨れ上がりました。

そして、会社を辞め、独立したんです。

今年に入ってから、就労移行支援事業所や就労継続支援事業所に訪問したり、発達障害の当事者の会に参加し、話を聞きました。利用者の方や当事者の方は「できる仕事」をやむを得ずやっていて、「自分が得意なこと、やりたいこと」をやっている訳ではないんです。僕の技術や得意分野で、何か貢献できないかと考えて、動いています。

発達障害と向き合ったTenさんの子供時代

――「ハッタツソン」の運営も、その一環なんですね。大川さんとTenさんの出会いは、Twitterだとうかがいましたが……。

Ten:当時の大川さんのTwitterのプロフィールに、医療福祉に興味があるエンジニアという紹介があったんです。僕自身も、小さい頃からものづくりが好きで、医療福祉分野のエンジニアに興味があったので、フォローさせていただきました。

大川:「学生クリエイター集団」ってアカウントからフォローされて、なんかすごく気になって、ダイレクトメールを送って、Skypeをして、会いに行きました。Tenさんに直接会って話を聞きました。「すごい行動力だなぁ」と。尊敬し、応援したいと思いました。

Ten:そこからいろいろ、大川さんに協力してもらっています。

――なるほど。このハッカソンは発達障害の当事者である方もチームに入り「発達障害の特性が持つ課題解決に繋がるアプリ」を作る点が、大きな特徴だと思います。Tenさんは現在21歳ですが、子供時代、学校や、周りの発達障害への理解はどうでしたか?

Ten:全然無かったですね。学校は「前例がない」って。でも、障害がわかってから、親が学校への働きかけをめちゃくちゃしてくれたんでしすよ。勉強会や親の会にも積極的に参加して、100枚くらいの僕の説明資料を作って、学校の教育委員会に渡して、何度も説明しに行ってくれました。

――すごい!!

Tenさん

Ten:例えば、僕は板書についていくことができないので、学校にコピー機を置かせてもらって、友達のノートをコピーさせてもらったり、テストのときに文字が読めるように拡大コピーしてもらったりしていました。

でね、公立の小・中学校って、わら半紙が主流じゃないですか。

――茶色い紙ですね。ありました。

Ten:高校は私立だったんですが、白い紙を使っていました。それは拡大コピーしなくても見えたんですよ。

――ああ、色や材質の問題もあったわけですね。

Ten:あとはユニバーサルフォントに変えるだけで、今まで読めなかった文字が、一気に読めたりとかもあります。

――ちょっとした事で、困っていることが解決することがある。そういうノウハウをためていくことが大切なんですね。

意見がぶつかったときに気をつけていること

――「発達障害の特性が持つ課題をテクノロジーでどう解決するか」をテーマにした「ハッタツソン」は、Facebookのイベントページで「興味あり」をクリックした人が265人いる、関心を持つ人が多いイベントでした。やってみての感想はいかがでしょうか?

大川:今回、「ハッタツソン」というイベントを最後までやりきれたのがよかったと思います。僕は今まで、仕事以外に有志のプロジェクトにたくさん関わってきました。どのプロジェクトも途中でメンバー間で意見が割れて最後まで形にできずにいました。何か形にするのって、努力だけでは難しくて、運とか、相性とかもありますね。

――ハッタツソンには、それがあったわけですね。

大川:たぶん、Tenさんと相性がいいんでしょうね。それでも、ここに来るまで結構いろいろありましたよ。

Ten:僕の伝え方があまりうまくなくて。つい昨日も、3日目だけ来る人達のために、1日目から2日目までのイベントの振り返り動画の作成をお願いをしたんですが、「1チームあたり20秒で」と伝えたつもりがちゃんと伝わっていなかったり。

大川:情報を受け取る人によって、どこに重きを置くかは違いますからね。僕は「最初の2日間に来ていない人たちにわかりやすく伝える」という部分を強く受け取って……。

Ten:確かに僕も「2日間の動きが、3日目だけ来る人にもわかりやすいように」とは言ったんですが、それぞれのチームが何をしているかより、全体の流れがわかればいいというつもりだったんです。そこがしっかり伝わらなかった。

大川:お互いの伝え方、受け取り方の問題ですよね。

――でも、そういう情報伝達の行き違いはどうしてもありますよ。「もめたときは、こうしている」というのはありますか?

Ten:テキスト上でやりとりして、おかしくなったら電話します。

大川:僕はテキストコミュニケーションはあんまり好きじゃなくて……お互い分かったようで分かってないんですよね。

できるだけ、ビデオ通話したり、目を見て話すようにしてます。

――うんうん、わかります。大事です!!

大川:あと、有志のプロジェクトだと、関係がフラットだから、その分お互いに言いたいことを言うし、難易度が上がりますよね。

――難易度、高いですよね。だからこそやり遂げたときの達成感は大きいですね!

イベント事業から「ソーシャルプランニング事業」へ

――Tenさんは、ハッタツソンの後で、Ledesoneでこういうことをやっていきたいというのはあるんですか?

Ten:Ledesoneのメインはイベント事業なんですが、今年3月に「ソーシャルプランニング事業」に名前を変更したんですよ。

――おお! 何をやっていくんですか?

Ten:様々な当事者を巻き込んだプロジェクトの企画ですね。例えば企業がSDGsやCSRの観点でサービスや商品を開発するときに、当事者とマッチングさせて、ハッカソンをやったり商品やサービスの企画やサービスをやっていくという、「社会がほんの少し変わるきっかけ」をコンセプトにした事業です。

――事業転換の理由は何でしょうか?

Ten:Ledesoneを持続させていきたいからです。そのために、イベント以外のこともやっていきたい。他にも、ある人から「コンサルティング業をやった方が良いのではないか」というアドバイスをもらい、検討しています。

Ledesoneとしてイベントをやってきて、当事者視点の情報や、当事者と社会の交わり方といったノウハウが少しずつたまってきているので、それを活かせないかと。

イベントも、自主イベントだけではなく、受託も増やしていきたいですね。そうやって社会を変革していくソーシャルプランを、どんどん作っていきたい。

外部にしっかりこの話をするのは、初めてなんですよ。

Tenさんと大川さんの原動力

――大学生で起業しているTenさん、「生きづらさを抱える人」をサポートしたいと独立した大川さん、そして今回のハッタツソンというイベント。どれもやり遂げるにはエネルギーが必要だと思います。最後に、お二人を動かす力とは何かについて、お話を聞かせていただければと思います。

大川:「人生山あり谷あり」で、僕には3つ谷があって……1つ目は中1のときに母親が自殺したこと、2つ目は、仕事で難易度の高いプロジェクトで全然自分の持ち味が出せなくて、鬱になったこと、3つ目が妻の難病ですね。

――ええっ……。

3つとも、「生きづらさ」に繋がるんです。母親も、きっと生きづらさを抱えて、心と身体が合わなくなって、そこまで行ってしまったんだと思うので……。

この3つが、「生きづらさを解消する」というところに繋がって、なんか使命みたいに思っているところがあります。

――なるほど。お母様のことやうつ病のご経験があり、そのときからおそらく無意識のうちに感じていた「生きづらさを解消したい」という想いが、奥様のことをきっかけにしっかりと形になったということですね。

Ten:僕の場合は、可能性を閉ざしている人に、新しい可能性を作っていきたいという想いですね。

Ledesoneを始めたきっかけは、障害福祉系のアルバイトです。ガイドヘルパーとかをやって、そこで、障害や病気を理由に、自分の可能性を閉ざしてしまっている方と出会って……でも、障害や病気に関係なく、可能性を自分で閉ざしてしまっている人も、多いということに気づいて。

――そうですね。

Ten:人って、ひとりひとり、違うじゃないですか。障害を持っている人、難病を持っている人、健常だけど、目に見えない不安や悩みを抱えている人……でも日本って、全員同じことを一緒にやるのが良い、みたいな風潮がありますよね。そこが、自己否定してしまう、自らの可能性を閉ざしてしまう原因のひとつではないかと思います。だから、その人個人にもっと寄り添った活動をしたい。そう思って、僕はLedesoneを続けています。

――Tenさんと大川さん、お二人はそれぞれバックグラウンドは異なりますが、根底にある、生きづらさを抱える人たちに寄り添いたいという想いが共通していて、だからこそ、ぶつかり合いながらも、ひとつのイベントを作り上げることができたんだと思います。本日はありがとうございました。お二人の今後の活動を、応援しています!

ハッタツソン会場にて

ハッタツソン2019で最優秀賞を受賞したチームの「発達障害支援者向けアプリ”コンダクター”」が7月、クラウドファンディングに挑戦します。応援よろしくお願い致します。

ハッタツソン

http://hattatuson.strikingly.com/

Ledesoneでは一緒に活動していただけるメンバーを募集中です。

https://bosyu.me/users/Ledesone/wants/13309

Ledesone polca https://polca.jp/users/Ledesone

※頂いた資金はLedesoneが行うプロジェクト・イベントの運営資金として活用させて頂きます

Ledesone Webサイト www.ledesone.com

Ledesone Facebookページ https://www.facebook.com/Ledesone

Ledesone Twitter https://www.twitter.com/Ledesone

【取材した方のプロフィール】

Ten
限局性学習障害(LD)・ディスレクシア ・ADHDの当事者
1998年大阪生まれ、1歳半〜4歳までを中国で生活。小学生の時に生きづらさから自殺未遂を起こす。その後、母親から字を書くことに困難を持つ障害“ディスレクシア”があることを告げられる。高校2年までは医療機器開発職を目指していたが、視覚障害のヘルパーの資格である同行援護従事者の資格取得をきっかけに障害福祉の世界に興味をもつようになり高校3年生から放課後等デイサービスの指導員や知的障害・全身性障害のガイドヘルパー、訪問ヘルパーとして働く。その後様々な経験を通した後2018年3月に個人事業主としてLedesoneを創業。現在は医療系の大学4回生をしながらLedesone代表として当事者視点でのプロジェクトの企画運営、伴走支援サービスの運営を行なっている。
Tenさん Twitter https://twitter.com/TTten13

大川弘晃(Hiroaki Ohkawa)
システムエンジニア歴17年。大学(情報系、教職課程も履修)卒業後、大手家電メーカーのソフトウェア子会社に入社。その後、スキルアップのために、システムインテグレータに転職。組み込みソフトウェア開発のコンサルタントとして、複数のメーカーの開発部門に常駐し、技術アドバイスや製品開発を支援。5年前に妻が難病→障害者となったことをきっかけに、社会貢献(障害者支援、不登校学生支援、教育改革)に強い関心を持ち、2019年1月から独立。現在はフリーランスとして在宅ワークで、システムエンジニアリングと社会貢献の2軸で活動している。
Twitter https://twitter.com/hiroaki_ohkawa



ほっしーpeople_frame.png

「うつ病になっても人生詰むわけじゃない」諦めている人に伝えたい、メンタルハッカーのメッセージ

健康・医療

ヨシヒロpeople_frame.png

長距離通勤がツライって誰が決めた? 片道2時間を楽しむ男の話

ライフスタイル

たかれんpeople_frame.png

「フリースクールの存在を知り自分の進むべき道が決まった」たかれんがフリースクールRizを立ち上げるまで

NPO・団体

Tenpeople_frame.png

障害、病気、さまざまな事情を抱え、それでも自分らしく生きるために。「Ledesone」Tenさんと大川弘晃さんの挑戦

インターネット・コンピュータ

橋本ナオキpeople_frame.png

「当たり前と思っていたことを、疑ってもいい。」人気漫画家が語る、脱サラから書籍化までの小さな積み重ねとは。

アート・カルチャー

Amika Yamadapeople_frame.png

好きなことで、生きていく。動物愛護に向き合い続けたNPO法人「KATZOC」代表・Amikaさんの8年

NPO・団体

ホリプーpeople_frame.png

やりたいことを仕事にし続ける人生には、何が必要か?〜「守りながら攻めていく」。アートディレクター・漫画家ホリプーさんへ、駆け出し大学生からの相談話

アート・カルチャー

かっきーpeople_frame.png

webライターの需要と供給を繋げる「ライターチーム」とは。ライター・かっきーさんの目指す理想像

ビジネス