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2019.05.30

【自分の舞台は、自分で魅せる〜美容研究家忍者みやゆうの生きる術】

美容研究家忍者みやゆう

マジック+人相鑑定で世界に挑むフリーランス忍者。『忍び場』支配人

しーちゃん

絵と言葉で生きるお絵描きライター。片耳難聴や心身症を抱える大学生

20歳。彼は悩んでいた。

専門学校まで通った美容の道に進むか、小学校の頃から大好きなマジックの道に進むか。

どちらも真剣に打ち込んできたため、自信もプライドもあった。決めきれなかった。

しかし当時、そんな彼に対して家族も友人も呆れて言う。

男なのに美容の職業なんて変だ。

マジック?そんなもんで生きていけるわけがない。

今でこそ働き方は多様化しているが、十数年前の田舎町で、そんなことは浸透していなかった。

もし偏見や反対を押し切ってまでやるなら、どちらかに絞って力を注がなければ。

それか“現実を見”て諦め、別のことをしなければ。

追い詰められ、頭を抱えていたとき、ある人に言われた。

「お前さ、ちゃんとやりたいことが2つもあるのに、どうして両方とも諦めようとするんだ?」

ハッとした。

「美容忍者研究家みやゆう」の第一歩は、こうして踏み出されたのである。

1人であやとりをしていた少年が、大勢の前に立つまで

――みやゆう、32歳。愛知県名古屋市を拠点に活躍する彼は、「美容研究家忍者」という肩書きのエンターテイナーだ。浅草で買ったという派手な舞台衣装に身を包み、毎日YouTubeを配信しながら、名古屋の大須にあるカフェ・TOLANDで、「忍び場」という超体感型観光スポットを運営する。

「美容研究家」というのは、僕が昔、美容業界の人間だったからです。

専門学校を卒業して新卒で入った百貨店で、女性客を相手にメイクのコンサルやイベントをしていました。

「忍者」というのは、これから世界に注目されたいなら海外の方にウケがいいと思ったからです。

あとマジックって、“忍法”に通じるところがあると思いませんか?

みやゆうが行うショーとは、マジックショーだ。クローズアップマジックやカードマジックなど、様々なジャンルが存在するマジックで、彼が得意とするのは客を巻き込むショータイプ。人懐っこい笑顔で話術に長け、人々の盛り上がりの中心にいる彼は、生き生きとして陽気さがある。

マジシャンとしての顔以外にも、メイクレッスン、セミナー、講演、コンサル、イベント運営など、あらゆることを手がけるフリーランス歴約10年のベテランだ。ブログやYouTube、Twitter、SHOWROOMといった現代の発信ツールを活用し、ネットとリアルの両方を、有名になるべく渡り歩いている。

それでも、幼い頃は人見知りのおとなしい少年だったという。

どのようにして今の活動的な「みやゆう」が生まれたのだろうか。

休み時間にみんながドッジボールで盛り上がっているなか、室内であやとりやお絵かきをしていました。

ワイワイする雰囲気からちょっと冷めていて、”ひとり”を楽む子供でしたね。

何かしたいと思っても進んで動かないし、人前に出たいと思う人間ではありませんでした。

過去を振り返って、みやゆうは豪快に笑う。はたから見れば、そんな少年時代を過ごしていたとは思えなかった。

小学校3年生で出会ったマジックが、消極的な僕を変えたんです。

母との買い物中、名鉄百貨店の玩具コーナーでマジックグッズの実演販売が行われていました。

皆さんもそうだと思うのですが、マジックってすごく不思議じゃないですか、どうなってるのか意味がわからなくて。まるで魔法のように思えるマジック、それがグッズとして買えるらしい。

そうか、魔法じゃなくてこういう仕組みになっているんだ。

仕組みが分かれば自分も出来る、というのにワクワクしました。

やりたくて仕方ない様子の僕を見た母が「良い子にしてたら買ってあげるよ」と言ってくれました。

それから、ただでさえおとなしかったのに、もっとおとなしい真面目な子供になりましたね。

見事マジックグッズを手に入れた後は、家でひたすら鏡の前に立って、練習しました。もちろん1人ですよ。

自慢してやろうとか、誰かに見せようなんて、ちっとも思わなかった。

マジックの仕組みを知れたことで、満足していたんです。

そんなみやゆう少年に、転機が訪れる。

小学校の頃にクラスでマジックブームが起こった。テレビで放送されるマジック特集に子供達は興奮した。みやゆうがマジックを練習していることをポロッと話した時、同級生は目をキラキラさせて「やってほしい」とせがんできた。大人しい少年が、初めて人前でマジックを披露する。その瞬間、返ってきた反応に、彼は唖然とした。

めちゃくちゃ喜んでくれたんです。

目の前でわあって顔をほころばせる同級生を見たら、マジックが成功した・注目された、それよりも、

“こうやったら人は面白がるんだ、喜ぶんだ!!”

という発見に、自分が驚かされたんです。

マジックの仕組みを知る面白さから、人を喜ばせる仕組みを知る面白さに興味が移りました。

なにより、幸福感が半端なかった。

1人でマジックをするのも単純に楽しかったけど、

みんなを笑顔にする方が、僕は幸せな気持ちになるんだと気づきました。

人から反応をもらうのは誰だって気持ちがいい。FacebookやTwitterで「いいね」があると嬉しくなる。今まで注目を浴びたことのなかった人ほど、その快感は中毒になるだろう。

しかし、“いいね目当てで、自分が気持ちよくなるために何かをする”というものは、あのとき感じた幸福感とは「違う」と、みやゆう少年は思った。

ただ注目を浴びたいのではない。大勢の人に喜びを生み出す仕組みとして、自分はマジックが出来る。そういうことがしたいんだ。

自己満足でマジックをしていただけの少年は、自身の幸福を見つけたことで、変わった。

どんどん自分を人に見せるようになりました。高校の頃はバイト先の居酒屋でマジックを披露し、飲みにきたお客さんからチップをもらっていました。

10代の時から、“自分の好きなことで人を楽しませてお金をもらう”、

その感覚を僕は知ってたんです。

マジシャンとして生きてみたい。必然的に、その想いはどんどん強くなる。

今でこそSNSなど自分を発信するツールは一般的になっており、誰でもすぐに有名になれるチャンスがある。だが、みやゆうが高校生だった2000年代前半は、まだFacebookもTwitterも存在していなかった。独学でホームページやチラシを作る。バイト先に置いてもらい、人伝いに「出張マジシャンみやゆう」として自分を売り込んだ。

地道な努力の積み重ねが功を奏し、フリーランスのパフォーマーとして、イベント会社などに仕事をもらうようになった。

メイクはマジックだ。新たな興味を手に入れ、美容の道へ

―高校生。進路を考える時期に近づいたある日、友人に無理やり連れて行かれた美容専門学校のオープンキャンパスで、彼はメイクに出逢う。互いにメイクを施す授業に参加したみやゆうは、自身がメイクをされた姿を鏡で見て、衝撃を受ける。

メイクって、マジックだ!と思いました。

人にメイクをしてもらった後に自分で鏡を見たら、別人みたいに可愛い顔があったんですから。

男の自分ですら嬉しかったということは、可愛くなりたい女の人がメイクをされたら、間違いなく喜ぶじゃないですか。


メイクをした時のみやゆう

「あっ」という驚きと喜び。

マジックとメイクはめちゃくちゃ似てます。だから自分にはまったんですね。

もっと知りたい、って思い、次の日高校の先生に進路変更を告げたら、心配されました。

というのも、今でこそ男性でメイクアップアーティストや美容の仕事に就く人は増えていますが、当時は少なく、特に自分の周りには全くと言っていいほどいなかった。

「男なのに?」っていう偏見を、いつも感じていましたね。

オープンキャンパスでも男は自分と友達の2人しかいなくて、周囲の視線が刺さって肩身が狭かった。

住んでいた場所が田舎だったのもあり、大学じゃなくて専門学校行く奴は「受験から逃げた」なんてレッテルも貼られていました。

それでもやりたいと思ったことなので、美容の専門学校に進学をしました。

大好きなやりたいことを、すべて失いかけた日

専門学校の授業はワクワクして、真剣に取り組んだ。

しかし壁にぶち当たる。

無知、が一番タチ悪いんですよ。

みんな“そういう生き方”を知らないから、まず否定的な言葉が口に出る。

20歳の頃、あらゆる人に「お前、これから無理じゃない?」なんて言われ続けました。

僕は、卒業したら美容業界に行きたいと思って専門学校に通いながらも、動画配信したり結婚式や子供会でショーの依頼を受けて、マジシャン活動を続けていました。それを、両方とも「おかしい」って。

男が美容業界で活躍すること、マジシャンとして稼いでいくこと。

そんなことできるはずがない。現実を見ろ。

正直、そんな風に言われすぎて病みました。

だって、どっちも自分にとって好きなことで、選んで、ちゃんと活動してきたのに……。

自分自身もまだ社会人じゃないし、そりゃあ不安はもちろんあるんですよ、

この先これで生きていけるのかって。

ちゃんと悩んでいる時に否定的な言葉をかけられると、もう袋小路に陥っちゃう。

ある日、ショーのために車の中で待機しながら、ボソッとイベント会社の人に「どっちを選べばいいのか、捨てるべきなのか、どうしたらいいかわからない」と悩みをぶちまけました。名前も顔もよく思い出せない初対面の人にすがるくらい、当時の自分は追い詰められていたんです。

でもその時、見知らぬ彼が気軽に言ってくれた言葉が、今の自分の基盤になっています。

「お前さ、ちゃんとやりたいことが2つもあるのに、どうして両方とも諦めようとするんだ?」

悩んでいると、視野はどんどん狭くなる。だから、その単純な言葉にハッとした。

「どっちもやればいい」。

マジックもメイクも、自分が面白いと思ったことで人を喜ばせる、両方ともその点が共通している。

せっかく見つけた自分の幸福感を、人の言葉や世間からの見え方、偏見で、手放そうとするところだった。

目からウロコが落ち、視界がひらけた。

逆境を力に変え、立ち向かっていったその場所は「運命」だった

それから、彼の迷いはなくなった。

専門学校を卒業し、日本初の男性ボーテコンシェルジュとして百貨店に就職する。

ボーテコンシェルジュとは、化粧品ブランドの知識を備えた専門スタッフだ。カウンセリングをおこない、客の肌タイプや悩みに合った最適なアイテムや手入れ方法、メイク法をアドバイスする。

「男なのに、女に合う化粧品やメイクがわかるの?」なんて女性客の偏見もありました。

悔しくて、フロアにある膨大な数の化粧品の知識を、寝る間も惜しんで叩き込みましたよ。実際に自分の肌で効果も確かめました。すべては自信を持って説明し、お客様に喜んでもらうため。美容部員を越えた百貨店の、あらゆる仕事も引き受けました。

もちろん、仕事の合間をぬってサイトを更新し、マジックの仕事も続けました。

そうしたら「数十人いる女子社員の中で唯一の男」、「やり手の美容部員なのにマジシャン」、そんな面白い奴がいる、と職場で話題になりました。

―みやゆうのことを面白いと思った上司は、彼に百貨店でのイベント企画を頼んだ。

メイクアップショーの後に、彼はマジックを披露した。感慨深いものがあった。

なぜならそこは名鉄百貨店。

彼が子供時代、初めてマジックに出会った、思い出の場所だったからである。

10年ごとに、テーマを決めて生きている

僕は「マジックと美容で生きていこう」と決めた18歳のときから69歳までの夢を考え、10年、3年、1年、3ヶ月…とテーマを決めて生きているんです。死ぬまで人生を楽しみたいので。

「美容研究家忍者みやゆう」と名乗り始めたのは2016年、30代になってから。

理由は「30代は、個人で勝負を仕掛ける年」と決めていたからです。

今まで経験したことを30歳でまとめあげ、新しいパフォーマンスを作り上げる。肩書きをしっかりしたものにして、活動も大きなことをやり始めています。

こういうことが出来るようになるためには、20代で積み重ねる必要があった。

だから20代は我慢の年にしよう、って決めていました。

独立した直後、みやゆうに絶望が訪れる

順調に美容部員として働きながらマジシャンをしていたが、社員だからこその時間的な拘束の壁にぶち当たる。3年勤めた後に、そろそろ独立しよう、と決意する。その頃、コツコツと積み重ねてきたサイトの順位が上がり、マジックショーの集客もうまくいっていた。

百貨店勤めで学んできた美容の知識とマジックを売っていける。今ならいける。そう思って、23歳で退職した。

やりたいことで人を喜ばすフリーのエンターテイナーになるという新しい挑戦に、胸を踊らせた……そのすぐ後のことだった。

びっくりするほど、ドン底に叩き落とされました。

Googleのアップデートが起きて、一気にサイトが見られなくなったんですね。サイト経営している人にとっては、これがどれだけの痛手かはわかってくれると思います。

今までサイトからの集客が多く、継続契約の仕事は受けていなかったので、独立した途端に仕事がすっかりなくなってしまいました。

やりたいことをやるには?有名になるには?

そんな風に悩むことすら出来ませんでした。

だって、今日明日のご飯に困るくらい、生きる伸びることだけで精一杯で、強い絶望感にとらわれていました。

食っていかなきゃならないので、パチンコ屋でバイトをしました。おかげでお金は入るようになりました。

けどある日、バイト中に倒れちゃったんです。

床に突っ伏しながら頭の中はぐるぐるしていました。

「俺って、今、なんでこんなことしてるんだろう?」って。

パチンコ屋のバイトって、結構稼げるから普通に食っていけちゃうんですよ。全然来ないマジックの仕事を探さなくても、ただ作業をしていれば、お金を稼いで生きていける。

なんとなくの選択で生きていけることって、案外、今の日本にはありますよね。

なんとなく学校に通って、卒業して、就職して。

生きられればそれでいい、って言う人だっています。

けど僕には無理でした。

ワクワクもせず、なんでこんなことをしているか自分が分からないことを、ふわふわ続けることは出来なかった。

だって僕にはずっと、やりたいことが2つもあるんだから。

“ぬるま湯”から這いあがる

―なんとなく生きることを辞め、彼は再び「みやゆう」として生きようと決意した。

サイトを運営している経験からホームページ会社でアルバイトをし、サイト制作の営業を対面でかけるついでに、マジシャンや元美容部員でもあることをアピールする。企業から制作の仕事を取りながら、ショーや美容の講義も一緒に頼まれるようになった。閑古鳥が鳴く現場も、大勢の人がいる現場も、なんでもこなした。

芸は身を助ける、ってまさにその通りで。

社員でもなく、ただの制作会社のアルバイトでもなく、僕がエンターテイナーっていうのが良かったと思います。芸能人みたいな立ち位置で面白いって思われているから、企業の社長が気さくになんでも話してくれちゃうんですね。飲み会に呼ばれて、同い年の社員には出来ないような話をたくさん聞かせてもらえました。経営や営業のノウハウも教わりました。

社長との雑談のおかげで、自分自身の売り込み方がどんどんうまくなっていきました。マジックだけではなく、セミナーやコンサル、僕が出来るあらゆることを始めました。

今はネット越しに会話することが多いかもしれないけど、せっかくならもっとリアルな場で会話したほうがいいと、僕は思います。

完全にフリーランスとして覚悟を決めてから、3年後。26歳、30代を目前に、みやゆうは経済的な安定を手に入れた。テレビや雑誌にも出演し、一気に仕事依頼が増えた。

「もっと売れる、これは一気に有名になれる」、確かな手応えや確証を持てた時期があった。

しかし、彼は大きな仕事をすべて断ることにしたという。

自分を知ってもらえるチャンスだったのに、なぜ彼は身を引いたのだろうか。

早く結果を出したかったら、尖りに尖って、波が来たらちゃんと乗るべきだとは思います。

でも、僕は調子に乗った時にドン底に叩き落とされることを経験済みでしたし、

なにより「まだ20代は積み重ねる時期」って決めていたので。

一気に注目されることは嫌だったんです。

最近、YoutubeやSNSで、あえて過激なことやおふざけをして注目を浴びようとする人を見かけるたびに、モヤモヤするんですよね……なんか違わないかって。

「注目を浴びたい」という欲求は昔から誰にでもあるものですが、最近は特にその欲求を満たすための行動が顕著だと思います。発信ツールがたくさんあるので、簡単に人前に自分を晒すことができる。楽になればなるほど、手っ取り早くいろんなことに飛びつき、「目立ちたい・稼ぎたい」を叶えようとする。でもそれって、目的はなんなのか。人目を引く、そのためだけなのかって。

目的が「有名になる」だけでは上手くいかないと思うんです。早く有名になるために炎上商法や奇抜なことをすれば、瞬間的には注目されるかもしれない。しかしそのぶん人が離れていくのも早いし、どこかで進めなくなります。進めないから、度を越した振り切りかたをして、たまに社会的に足を踏み外す人もいる。一瞬の楽しさや快感は分かります、でも冷静になってみれば人生って長いんですよ。有名になり続けたいなら、その一瞬だけを頼りにしてはいけない。

僕は人前に立つことが苦手でした。でも、いろんな人を自分の出来ることで笑顔にしたいから、有名になりたくなった。

僕にとって有名になりたいという気持ちは、やりたいことを叶えるための“要素”に過ぎません。だから落ち着いて、忍ぶことが出来ました。

有名になるために、稼ぐために、自分は活動しているのではない。

20代での名声を手に入れることと引き換えに、彼が次のステップへ進むために選択したのは、再びドン底に落ちることだった。

上を目指すために、まず下を目指す

衣食住を、捨てました。

【最強のミニマリストに俺はなる】死ぬ気で挑んだ3年間の精神修行で得たものというブログ記事に、その時の様子が書いてあります。

過去にドン底に落ちた際、どうして絶望し、やりたくないパチンコ屋のバイトをしてしまったのか。それは「食っていかなきゃ」と思っていたからなんです。

この社会、見た目を装わないと気に入られないし、あれが食べたいこれが食べたいという食欲があるし、家がないと困る。衣食住のために僕らはお金を使うわけです。だから稼げなくなると、必要な衣食住が確保できなくなるから詰む。

なら、それを必要だと思わなければいいんじゃないか。

人間って、案外思い込みに殺されているところがある。

昔、僕が、やりたいことは1つしか選んじゃいけない、と思っていたように。

「こんなことやってたら食っていけないよ」って否定されるなら、

「いや、自分は食ベなくても大丈夫なんです」と言えたらいいのでは。

そうすれば今後、何度以前のようなドン底になっても、自分として幸福度高く生きていける。

そう思ったんです。

だから衣食住の執着を、3年かけて削ぎ落とすことにしました。あ、“衣”はただ衣服を脱ぐと露出狂として捕まるので(笑)、地位や名誉、環境といった「人間のプライド」を、現代の衣としています。

とにかく、上を目指す前に、まず下を目指そうと。

それと同時に、運命をサイコロに託しました。

毎月サイコロを振って、「10万円ー(出た目の数×1万円)」しか、稼がないっていう。

例えば、6が出たら月の収入4万円。最高でも9万円の生活。その稼ぎも、パチンコバイトじゃなくて、自分の今後続けていきたい活動だけにする。月に会う人の人数もサイコロで決めて、外界との接点も減らしました。

それまでは、ごく普通の若者らしい生活レベルだったので、正直、人にオススメできないくらい辛い3年間でした。けどおかげで、「自分の活動で生き延びられる」という揺るぎない自信を手に入れられた。本当にやって良かったです。

今の時代、「好きなことで生きていく=ネットで副収入を稼いで生活を楽にして好きなことをしよう!」みたいなのが多い気がするんですよ。

でも僕がやりたかったのは、本当に自分がやりたいことをやって、リアルで生き抜けるようにしよう!ってやつです。

派手なパフォーマンスや豪快な笑顔とは裏腹に、堅実で真剣に自身と向き合ってきた「みやゆう」。

目立ちたい気持ちと言動が加速し、簡単に流されても生きていける世の中で、苦しむということを受け入れ、覚悟を決めて、楽しみに変える。

自分の消極的さや挫折を知っているからこそ、それを幸福感に結びつけるためにはどうしたらいいか。体を張って、全力で試し生きている。

30代からの新しい挑戦、そして夢

僕にとって勝負の年は、これからの30代。20代の経験を集約して、「個人で新たに勝負を仕掛ける」年。一層やりたいことを叶えていく予定です。

夢は2つあります。ひとつめは自分のパフォーマンスの場である「忍び場」が、名古屋に訪れる人々に観光スポットとして選ばれるくらい盛り上げること。僕が有名になることで、僕のいる名古屋をも楽しくしたいんです。そしてふたつめは、世界に出てもっと多くの人々の顔を、わあってほころばせること。

これらの夢に向かって、まずは2019年5月22日から、(今回の記事写真撮影者でもある)僕の専属カメラマンの「やじ」と一緒に日本全国47都道府県を周ります!!

名古屋で行う「忍び場」を日本全国の人に生で味わってもらうべく、周遊しながらパフォーマンスをしていきます。彼らが名古屋に来た際、忍び場に訪れるという選択肢を増やしてもらうためです。

また、「TwitterはやってるけどInstagramは全くやってない人」、「YouTubeやネットTVだけで、TVを全く見ない人」のように、メディアやSNSが分散している現代、ある1つの界隈で有名な人になるのは簡単に出来ますよね。でも、その界隈やある世代を越えたら、ガクッと認知率が下がります。

僕はあらゆる人にパフォーマンスで楽しんでもらいたい。全国的な有名人になりたい。

なら、実際に日本中を歩き回るしかないと思ったのです。衣食住を捨てているから、僕にはそれが出来る。

2022年、ニンニンの年には、もっと大きなイベントを予定しています。楽しみにしていてください。

これからも「みやゆう」として生きていくために

凄腕のマジシャンはこの世にたくさんいるし、美容部員もカリスマ的な人はたくさんいます。

だけど、僕は日本初の男性ボーテコンシェルジュという“箔”があるし、マジックも《エンターテイメント忍法》といった仕立てにして、普通とはちょっと違って見せている。

すごくはないけど、自分は平均ちょい上にはいると思っているんですよ。

有名になりたいと願う世の中の人は、圧倒的な努力はもちろん、飛び抜けていなければいけない、なんていう思い込みにとらわれて、平均を越えても限界を感じたら諦めてしまうことがあるでしょう。

でも、奇抜でなければいけないっていうことはありません。

平均ちょい上を、掛け合わせてみればいい。

興味があってやったことを上手く平均ちょい上まで引き上げて、目的を実現させるために繋げれば、ずっと先に進んでいける。前に立ち続けることができる。そう僕は思っています。

みやゆう、32歳。彼はもう迷うことなく、道を切り拓いていく。

執筆:2019年4月 萩原郁実

写真提供:みやゆう専属カメラマン・やじ(https://yajiphoto.com/

記事内でも述べたように、2019年5月22日から、みやゆうさんは全国を周遊します。

みやゆうさんに興味を持ち、応援したいと思った方は、こちらのファンクラブに参加してみませんか?

https://camp-fire.jp/projects/view/130657

みやゆうさんが運営する、名古屋の超体感型観光スポット「忍び場」はこちら。

https://shinobiba.jimdo.com/

名古屋を訪れる際には、ぜひ美容研究家忍者のあっと驚くパフォーマンスを体感してみてください!



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